【スケーティングだけで白いご飯三杯はいける】
Jeremy Abbott選手と閻涵選手。残念ながら今回はジャンプの不調で良い成績は残せなかったが、スケーティングの滑らかさには6分間練習から溜息がでた。ジャンプのミスが気にならなくなるほど、彼らの伸びのある美しい滑りにはうっとりさせられた。更にAbbott選手のFSでは、その豊かな感情表現にも引き込まれた。
閻涵選手の場合は決まったジャンプはどれも絶品だったので、単純に今回は調子が悪かっただけなのだろう。まだ若いのでスピードの制御が甘くなる時があるのかもしれない。成功したジャンプでは、いずれも素晴らしいスピードから踏み切り、空中で綺麗な回転軸を作って、着氷後もそのスピードが変わらず、気持ちよい程見事にエッジが流れる。姿勢が良くて指先まで身体の線も綺麗で体幹の強さが感じられた。これでまだ荒削りなところをどんどん磨いていったら、とんでもなく凄い選手になりそうな予感がする。シニアデビューとなった今季のプログラムは正直かなり粗い作品だったので、来季はもっと洗練されたプログラムを作ってもらえればいいなと思う。
対照的に、Abbott選手は成功したジャンプさえ観ていて不安になった。シングルの選手としては長身なのでコントロールが難しいのかもしれないが、回転軸がなんかおかしい。本人もどこか不安げに跳んでいるように見えた。SPでは安全策をとって4Tを回避したにも拘わらず、3Fで転倒した。FS冒頭に予定していた4Tは、踏切直前でぐっと減速してしまったので、飛び上がる前に「こりゃダメだな」とすぐに分かった。
Abbott選手の演技を観ている時に覚える不安な感覚にはどこか既視感があると思ったら、同じく彼と同じく佐藤有香・Jason Dungjen夫妻に師事するAlissa Czisny選手の演技を観ている時と似ていることに気がついた。(ちなみに私は彼女を生で観たことはない。)Czisny選手もジャンプの軸がなんかおかしい。ちなみに彼女は2012年世界選手権を22位で終えたあと、脚の付け根の腱が裂けていることがわかった。手術・療養を経て今年国内大会で復帰する筈が、演技中に転倒して左脚の付根を脱臼してしまった。結局今季中の復帰はかなわず、来季ソチ五輪を目指して競技復帰を目指すという。
今季は今井遥選手も不安定で佐藤・Dungjen夫妻の選手は不調の選手が多かった。唯一の例外は26歳で自己ベストを更新し欧州選手権4位に入ったValentina Marchei選手くらいだろうか。(ただし彼女も世界選手権では不調で18位に終わっている。ちなみに昨年は8位だった。)佐藤氏は現役時代ジャンプよりもスケーティングの巧みさで知られた選手だったし、Dungjen氏は現役時代はペアの選手だった。(だから日本スケート連盟も高橋成美・木原龍一ペアを彼らに預けたのだろう。)夫妻のところにジャンプの専門家はいないのかと、ふと疑問に思った。
ただし、Abbott選手については全米選手権を素晴らしい演技で優勝しながらオリンピックや世界選手権で大きく崩れたことが過去に三回もあるので、やはり精神面の問題もあるのだろう。アーティストとしての繊細さがアスリートとして裏目に出てしまうのかなと。
Abbott選手と閻選手とは対照的に、生で観てスケートが滑らないと実感したのはKevin Reynolds選手だった。FSの滑走順が閻選手の次だったので余計にそう感じたのかもしれないが、Reynolds選手のPCSがなかなか伸びない理由が分かったような気がした。彼のジャンプが滞空時間が短く回転不足や両足着氷になりやすいのも、スケーティングのスピードを利用しない「その場跳び」だからで、やはりスケーティングの基礎に問題があるんだろうなと感じた。
【張可欣選手】
昨季は世界選手権で7位と健闘しながら、今季は李子君選手の鮮烈なシニアデビューの影にその存在が隠れてしまった感のある張選手。今年の四大陸では怪我をしていたように記憶しているし、世界選手権では23位と不調に終わった。
生で観るととても小柄な選手であることに驚いた。どういうふうにと訊かれても言葉では表せないが、彼女の「風の谷のナウシカ」FSには何故か感動した。テレビ朝日の解説でも言っていたように、ひたむきで真摯な演技だと思った。ただ顔の表情が本当に乏しい選手で、それはキス&クライでも変わらなかった。それが信じられない程低いPCSの理由なのだろうか。何かの殻を破ることができれば、自らの感情を開放することができれば、と思わずにはいられなかった。
【Kaetlyn Osmond選手】
生で観る彼女のジャンプは輪をかけて豪快だった。短い助走からすごい瞬発力で蹴り上がる男子顔負けのジャンプで、「うおりゃ!」という声が聞こえそうだった。ジャンプの合間も複雑な満載のとにかく忙しい振付けで、しかも上半身の動きもすごく多彩で大きい。これだけ難しい振付を滑りこなすのも凄いと思ったし、観ていて飽きない選手だと思った。
【Ashley Wagner選手】
FSで髪を止めたピンが外れてしまい、お団子がほどけてポニーテールになってしまったWagner選手は、それでも動揺することなく、ジャンプをほぼ予定通り決めて最後まで見事滑りきった。演技終了をガッツポーズで決めた姿を見て、漢だなあ(笑)と思った。
ただ今回のFSを観ていて、「あれ?このプログラムってこんなに繋ぎがスカスカだったっけ?」と思った。昨季の「Black Swan」同様今季の「Samson and Delilah」も、ジャンプ構成自体はそんなに高難度ではないものの、GOEやPCSを稼ぐためにかなりトランジションを詰め込んだプログラムだと記憶していたのだが、今回はなにやらあっさりした印象だった。
と思ったら、WTTの後、振付師のPhillip Mills氏がWagner選手とのコラボレーションを終了すると発表した。
Phillip Mills: "Ashley Wagner and I have decided to go in different directions"
We each had a different focus for theupcoming Olympic season. I believe that each choreographer's program is a workof art that needs to be kept in its original form. I wouldn't want anyone to change my art and I just would not make changes to someone else’s work.
どうやらMills氏としては、ジャンプの成功率を上げるために振付を間引かれるのは耐えられない、ということらしい。EXやショー用のプログラムであれば彼の気持ちは理解できないでもないが、競技プログラムでジャンプのためにある程度振付を変更することはよくあることだし、選手やコーチとしても振付師のエゴを最優先にするわけにはいかないだろう。いくら振付師が満足したところで試合に勝てなければ意味がない。選手・コーチと振付師の間で妥協点を見いだせなければ、パートナーシップを解消するしかないだろう。ただ、昨季からのWagner選手の躍進におけるMills氏の貢献が少なくなかったことも事実なので、彼女の振付師変更は来季に大きな影響を与えるかもしれない。
Wagner選手を今回生で見て――これはTV画面からも感じていたことではあるが――やはりあまりスケートが滑らないなあと感じた。加速するために結構漕いでいたし、ステップ・シークエンスでも正直スピードがないと感じた。
今回Wagner選手はSPで3F+3Tに挑戦してきたが3Tは回転不足だった。世界選手権ではFSで2A+3Tに挑戦して3Tが回転不足だった。今回もFSでは2A+2Tではなく2A+3Tに挑戦するつもりだったのかもしれない。SPで3+3なしでは出遅れるし、FSで現在の4種6トリプル構成ではソチの表彰台に近づくのは難しいから、彼女もここへ来てジャンプ構成をグレードアップしようということなのだろう。更に国内では背後にはGracie Gold選手が迫っている。まだ表現では子供っぽさが抜けないところがあるが、ジャンプ技術は明らかに彼女の方が上だ。来季米スケート連盟は、Wagner選手とGold選手のどちらをNo.1に選ぶだろうか。
(おしまい。)